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| ギャラリーアルテ 外観 |
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館から歩いて約5分。瀬戸内のアートシーンを知るもう一つの場所が市内にある。
JR丸亀駅内に併設したギャラリーとして2000年3月に「ギャラリーアルテ」を開廊し、2回の移転を経て、2007年11月より「アルテ・アロッターヴァ・アルタ」としてアートの複合施設をオープンした。オーナーである梅谷幾代氏は、その経営だけではなく、瀬戸内地域の文化交流を主とした「瀬戸内アートウェーブ」という団体でアーティストを対象としたレジデンス・プログラムを行うなど、地域に根ざした活動をしている。今回は、梅谷氏が関わっている新しくオープンしたスペースとレジデンス・プログラムという二つの活動をとおして瀬戸内のアートシーンに迫ってみることにした。
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| 2Fのバイリンガルの保育園の様子 |
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| ギャラリースペース内観 |
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| 藏本秀彦の"Rust Planet"展の様子 |
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| アルテ・アロッターヴァ・アルタ1F 廊下 |
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| 笠島でのレジデンス活動の様子1 |
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| 笠島でのレジデンス活動の様子2 |
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| オーナーの梅谷幾代さんとスタッフの新さん |
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| 改装中のスペース 立掛けてある作品は中屋敷智生 |
ギャラリーアルテは、来年のアートフェア東京に出展が決まっている。訪れた時、ギャラリー以外はまだ改装中だったが、すでにコレクタールームには作品があった。3階建てのこの建造物は、昭和39年市内の電話がダイアル自動化されるまで電報局として使用されており、当時使われていた機械がそのまま残っていた。昭和の香りがするレトロな雰囲気の建物の2階には、なんとバイリンガルの保育園が入っている。経営はまったく別だが、ギャラリーと保育園が一つの建物に入っているとは、非常に珍しい。あまり見られない光景ではあるが、お互いの施設がぶつかり合うことはなく、むしろ1Fのギャラリー内に響く子ども達の笑い声が心地よいBGMとなっていた。ギャラリーは天井が高く、窓が大きいので自然光が入ってくる。入り口には大きなソファも設置してあるので、時間をかけてリラックスしながら作品を鑑賞できる。
木の床もいいでしょ。自然の素材は人の心を豊かにしますね。電報局が立てられる前は、戎座(えびすざ)という芝居小屋があったそうで、建造物的にも歴史がある場所です。ここは約400坪もある敷地で1Fが展示スペースと事務所、美術専門書を扱う本屋があります。それからコレクターの部屋と、今後はレジデンスをおこなっていくので作家のスタジオもあります。3Fはカフェが入る予定です。地元の本屋では、美術書や専門書を取り扱っていないし、探そうと思えばネットとかで買えますけど、そうじゃない人たちにも見てもらいですね。私が子どもの頃は、このように身近にアートを経験する場所がなかったんですね。美術館とはまた違って、ギャラリーというのは新鮮な感動を与えやすい場所だと思います。作品の良い悪いをどう評価すればいいのか、その判断がむずかしいところが魅力的な部分で、そういったものを自分の目で見て、経験するアートの複合施設みたいな場所を目指しています。
訪れた時、ギャラリーでは香川出身の藏本秀彦の「Rust Planet」展が開催されていた。FRPというグラスファイバーを土台に鉄粉を顔料に酸化させてつくる作品は、不均衡なフォルムに懐かしい色合いを帯びた立体作品と絵画である。鉄粉は酸化し、発熱し錆びる。どの作品も時間をかけ熱をだし、錆びたのだろう。「時」がテーマである今回の展示は、作品とギャラリーの空間の相性がよく、独特な安らぎを与えていた。
ギャラリーアルテでは、コンセプチュアルだけれども、感覚的な作品や作家を選んで紹介しています。私は、INAXスペース高松で7年ほどギャラリー担当の仕事に就いていたこともあり、県内外を問わない形で作家を多く取り扱っています。今後はアジアなど海外の作家とも積極的に交流し、紹介していきたいです。現代美術のギャラリーって香川県は少ないのですが、興味は持ってもらっているみたい。今でも都会に出た若者が、夏休みの度に帰ってきて顔を出してくれます。以前、卒業証書をもってきた学生もいましたね(笑)。
ここでは、鑑賞者の層がアートファンだけではなく、近所に住む学生から隣向かいの散髪屋のおじさん、散歩途中の年配の方までと、多様で厚みがある。
また、梅谷氏が中心となって活動している「瀬戸内アートウェーブ」でもアートファンだけではなく、多くの住民とともに活動を行っている。昨年は、文化庁の委嘱事業として本島(ほんじま)にある笠島地区で「アーティスト・イン笠島」を行った。本島は丸亀市からフェリーで30分のところにある。
本島は、江戸時代からの古い町並みが残っていて、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている島です。戦国時代から塩飽水軍の本拠地としても栄えていて、かつては平安時代からつづく代表的な寺が29もあったほど。それだけ、文化も人も繁栄していました。また、どの大名にも属さない「人名制」とう独特の制度があって、天領でしたが幕府に支配されず、島民で自治を行っていた程なので、島民の方々はプライドも高く、自分達の生活に誇りを持っています。そのような島に何も知らない私達が突然押しかけて「はい、展覧会します。」って言っても何もできませんよね(笑)。それよりも、島に住んでいる方達の話を聞いてコミュニケーションをとることから始め、それをそのままプロジェクトの一部にしました。話を聞いている方が刺激的でしたよ(笑)。昨年は、アーティスト・インレジデンスー記憶の集積を創造の海へーというレジデンス活動を実施しました。小説家を招聘作家として、島の人たちに一文字のヒラガナを書いてもらうというワークショップも行いました。その文字を綴って物語をつくりました。文字を使って人とコミュニケーションをとるプロジェクトですね。「アーティスト・イン笠島」では、形に残さず、記憶に残るアートプロジェクトをコンセプトにしています。
現代アートの面白い点は、決してこれまでの「アート」という枠にはまらないアートのあり方を予感させたり、実現させるところにあるといえる。たとえ形にしなくとも、その可能性は無限に広がっているのではないだろうか。公共性やその地域の土地柄、町の雰囲気を考慮してのことなのだろうが、梅谷氏の活動は、アーティストと作品の関係だけで完結するものではなく、むしろそれらが地域の人々が受信したり発信したりして練られてゆく過程が重要だということだろう。
だけど、文化や歴史がある分、現代アートを扱うことが難しいのも事実です。新しいことに保守的ですね。ビジネスライクにはできない、東京とは(アートを扱う際の)言語が違う感覚があります。金銭的なことを含めて都会のビジネスライクではないやり方が、逆に地方のいい所かもしれませんね。今の時代は過去の歴史を否定していくというか、欧米の価値観を持ってくるなど、リセットして別個のものをつみあげていく風潮があると思います。でも、本当はそうじゃなくて、過去を見据えて歴史や文化を踏まえつつ、そこを理解して、温故知新じゃないけれども新たな層のものを次の世代の受け渡すことが重要なんじゃないかなと思います。
都心に住む者にとっては身にしみる言葉だ。現代アートを扱う難しさを語りながらも生き生きとした梅谷氏の表情を見ていると、この地域のアートとその環境の面白さが伝わってくる。歴史の積み重ねの上に息づく地域に対する愛着と住民の人柄と温かさで、この地域の現代アートは豊かに鍛えられてゆくことだろう。
「アルテ・アロッターヴァ・アルタ」の歴史を感じさせつつもくつろいだ空間で作品を見、新しい知識に触れるもよし、「瀬戸内アートウェーブ」で、地域の歴史風土に触れながらプロセスとしてのアートを経験するもよし。この地域は、アートによってさまざまな可能性に開かれていると感じたひと時であった。
photo & text by 大隈理恵









