アートフェア東京
ニュースメール お問合せ English site
プレス ブログartcafe
ホーム > artcafe > 海外レポート|ドクメンタ12 - 現代アートの解剖実験現場?-
 
カテゴリ
www.flickr.com
This is a Flickr badge showing public photos and videos from ART FAIR TOKYO. Make your own badge here.
最近の記事
最近のコメント
バックナンバー
RSS
 

アートの楽しみ方 | 海外レポート|ドクメンタ12 - 現代アートの解剖実験現場?-

ドクメンタ12 メイン会場広場

ドイツのカッセル市で、5年に1度開かれる現代美術の国際展、ドクメンタ。今夏、その12回目が開催されている。

石造りの歴史的建造物と近代建築が混在する人口20万人のこの街は、日頃は平凡な街だが、このドクメンタが開かれている100日間には、国内外から約60万人の人々が訪れるというから驚き。準備期間はおよそ3年半。招待アーティスト114人(日本人アーティストは、田中敦子、青木陵子、葛飾北斎の3 人)、作品数500点以上と、今や数ある国際展の中では最大の規模だ。
戦後に始まったドクメンタは、各回選出されるディレクターのキュレーションが話題になる。今回のドクメンタ12は、ディレクターであるロゲール・マーティン・ビュルゲル(Roger-Martin Buergel)とルース・ノアック(Ruth Noack)が「近代性とは過去の遺物か?」「剥き出しの生とは何か?」「美術の教育:何がなされるべきか?」という三つのテーマを設け、それに沿ってキュレーションを行った。

フリデリツィアヌム美術館
オープニングイベントの様子

私たちは、プレビュー日にあたる6月15日にカッセル入りした。カッセル・ヴィルヘルムスーエ駅で降りて荷物をロッカーに詰め込み、その足で街の中心部にあるメイン会場のフリデリツィアヌム美術館へ向かう。チケットを購入し、会場外の賑わいを眺めてから、屋外にある作品を少しだけ見てまわる。ドクメンタ7の時にヨゼフ・ボイス(Joseph Beuys)が植えた樫の木が見事な巨木となって美術館の前に立っていた。ちょうどこのプロジェクトの資料をバーゼルの市立現代美術館で見て興奮していた私は、その木に触れて感慨もひとしお。

ドクメンタは、国や市の強力なサポートをうけている展覧会なだけに、公共サービスが充実している。市内にある会場を結ぶ公共交通機関が無料なのだ。…といっても、もちろん誰でも無料というわけではなく、ドクメンタ・チケットを購入した人だけの特典。チケット裏面に小さな文字で書いてある交通機関の無料区間は、ありがたいことに英語で書いてある。これも国際展ならではの心遣い。

今回の目玉の一つは、中国人アーティスト、アイ・ウェイウェイ(艾未未)である。彼は「フェアリー・テイル」という、1001人の海外初経験の中国人をカッセルに集め、彼らが同じ装いで街を歩きまわるというプロジェクトを展開。当初多くの期待と反響を得ていたようだったが、実際に探してみたところそれらしい人がまったく見当たらない。それでも街中には、思いのほか中国人らしい人々を見かけたが、果たして彼らがそうだったのだろうか。真相は未だナゾのまま。

この晩は、オープニングパーティーが西端のヴィルヘルムスーエ城で開かれた。市民へ開放されるということで、会場行きのトラムは市外から訪れている人々と市民とでラッシュ時の山手線状態になり、身動きもとれないほどだった。会場のお城がある丘の上まで、急勾配を多くの人々に混ざりながら徒歩で向かった。夏の夕暮れらしいムンとする樹木の匂いが鼻をかすめていく。辿り着いた先には、ロココ風のお城の庭に仮設ステージが組まれていて、ここでまさにロックバンドのライブが行われるという。やや展覧会のオープニングの域を越えている感じがしないわけではないけれど、孫と楽しそうにしているおばあちゃんなど、一家総出で来ている家族も多くいたりして、幸せ感が満ちていた。ひとしきり楽しんだ後に駅へ戻り、隣町のホテルへ移動。ようやく辿り着いたホテルでは、ものの数分で眠りについた。


ゾフィア・クーリク, The splendour of Myself, 1997
ヴィルヘルムスーエ城
ヴィルヘルムスーエ城内の展示
右: オクウィ・エンヴェゾー(Okwui Enwezor)
樫の木の下のパルコ木下さん(右)と新川さん(左)
(a)
(b)
レクチャーの様子
カッセル市内

一夜明けた滞在2日目の朝、今日からが一般公開のはじまりだ。カッセル滞在は、正味2日間。これでドクメンタ全てを観て廻るのは難しい。早朝に起きてすぐに出発!手には昨日既に買ってあるチケットと会場地図。会場は、ヴィルヘルムスーエ城、フリデリツィアヌム美術館、オー・パビリオン、ドクメンタ・ハーレ、ノイエ・ギャラリーを初め、カッセル市内外に8箇所点在している。

まずは今回初めて加わった会場、ヴィルヘルムスーエ城へ。
このお城から直線的に伸びている道の先にカッセルの街の中心がある。もともと美術館であるこの会場には、普段から古代彫刻や15 - 18世紀の絵画が常設され、レンブラントやルーベンスなどの巨匠の作品が飾られている。

そのなかに紛れ込むようにして、前回のヴェネツィア・ビエンナーレにも参加したポーランド生まれのゾフィア・クーリク(Zofia Kulik)のフォトコラージュ作品が時代を超えて同じ壁に並んでいた。ルネサンスと現代が織りなす展示に観客が目を凝らしながら見入る姿は、まるで間違い探しゲームでもしているかのようだったが、かえってそれが興味深い展示となっていた。この展示方法が今回のテーマのひとつである「近代性とは過去の遺物か?」の問いかけからくるのだとするならば、脈々と繋がって来た美術史の一連の流れをディレクターが切って貼りなおしたような展示構成といえなくもない。アートを美術史というお決まりの囲いから解き放し、また合体させてコラージュしなおしたような実験的なものだった。

次は、昨日も訪れたフリデリツィアヌム美術館。中心的な会場なだけに、ここは外せない。3階建ての美術館に44アーティストの作品が展示されているが、そのほとんどはあまり知られていないアーティストによるもの。しかし、それらに交じって巨匠クラスの作品があったりするが、どれも小品だったり、そのアーティストを代表するようなものではなさそうだ。それゆえに普段私たちが見慣れている大型展覧会のそれとは異なる世界観を生み出している。ここで印象的だったのは、最上階の仄暗いひと部屋で、展示されていたペルー生まれのカナダ人、ルイス・ジェイコブ(Luis Jacob)の作品だった。マスゲームのように、一団となって蠢く大衆の情景が印刷物、写真などになって壁面全部を覆っている様子は、異様な「死の匂い」を漂わせている。一斉にひとつの方向を向き、同様になにかを行う様子が映し出されている大衆に焦点をあてた作品群を眺めていたら、いま世界的に右傾化が囁かれているこの時代に、なにかすえ恐ろしさを感じてしまった。

いろいろな思索にふけりつつ階段を下りて出口へ向かう途中で、ふと見知らぬ紳士に釘付けになった。まったく知らない人なのに何故だろうと自分でも首をかしげる出会い。しかし、その後すぐにエントランス前で、偶然このドクメンタに訪れていたアーティストのパルコ木下さんと出会い、その正体を教えていただいた。この男性こそオクウィ・エンヴェゾー(Okwui Enwezor)その人だったのだ!エンヴェゾーと言えば前回のドクメンタ11で、「9.11」以降の世界の状況と表象文化の問題に正面から取り組んだディレクター。驚いた。あまりに魅力的な精悍さに一瞬でのまれる空気。そんな彼のつくり出した前回のドクメンタを見のがしたのは、今さらながら残念。

その後、パルコ木下さん、そして新川貴詩さん(美術ジャーナリスト)としばし立ち話。話によると、前日に樫の木の根元に小さな埴輪のお人形を数体埋めたという。そして5年後、また次回の開催の際にその埴輪を掘り出すというのだ。埋めた瞬間を見たかったが、今となってはしかたがない。埋蔵作品が掘り出される時を楽しみに待つことにしよう。

次に向かったのが、オー・パビリオン。
オランジェリー宮殿の前に広がる庭園に設置された仮設会場は、パリのパレ・ド・トーキョー(Palais de Tokyo)の改装も担当したラカトン&ヴァッサル(Anne Lacaton et Jean-Philippe Vassal)のデザインによるもの。かなり広く56アーティストが参加。このパビリオンでも非西洋圏からのアーティストによる作品がひしめき合うように陳列されていた。政治色の強いもの、教育的な作品、青木陵子のドローイング作品など、ジャンルは様々だが、そのなかでも際立ったのが中国勢アーティスト。そして先述のアイ・ウェイウェイが、ここでは巨大な古い扉を扱った作品を屋外彫刻として出品。(a) しかしその後、強風のために破壊されてしまったのだが、修復を試みようとした主催者に対し、彼は、この姿が美しいのだから、このままにしておいてくれと主張したらしい。(b)

この場内では、ところどころに木製の椅子(アイ・ウェイウェイが持ち込んだ1001脚の中国椅子)が置かれ、その中国椅子に座りながらレクチャーを受けることができるようになっていた。このドクメンタのテーマの一つ、「美術の教育:何がなされるべきか?」が実践されていたといってもいいだろう。作品の見た目のみならず、その複雑な文化的出自も探り、共有する。このような積極的な試みは、例えば今夏のヴェネツィア・ビエンナーレでは見ることはできなかったといってもいい。

今回は私にとって初めてのドクメンタだったが、華々しいものを想像して訪れた者としては、当初困惑する展覧会となった。また展示作品も総じて鳥肌がたつように感動するものは少なく、この展示に感じた困惑は、帰国後も長い間引きずることになった。でもそれは、結局のところ私が、西洋美術史の華々しい歴史とその積み重ねによる進化を想像し、また期待していたことがひとつの原因であったのかもしれないと思うようになった。帰国後に知ったのだが、そうした正統とされている「美術」に対する思い込みを外そうという試みこそが、今回のビュルゲルとノアックの狙いだったらしい。なるほど、それなら合点のいく構成内容であった。マスコミでは酷評の嵐だったらしいが、それは容易に想像できる。なぜなら、私や彼らが自然と息をするように、そこにあるように思い込んでいた「美術」に「待った」がかかっているわけだから。この「美術」への思い込みが強ければ強いほど、キュレーターの「解体実験」とも言えるこの展覧会にある種のアレルギー反応を示しても不思議ではないだろう。かく言う私もその一人で、バラバラにされた「美術」に立ち会って愕然とした後に、ふつふつと煮え切らない想いを抱き続けて一ヶ月になる。しかし、なんだか最近ようやく腑に落ち始めたように思う。いま現在、中国やインドを始めとするアジア諸国の台頭とそれに巻き込まれるように変化している国際社会。そしてその動きとともに歩んでいるように見える美術。ようやく見え始めたいくつもの「もうひとつの潮流」。いままで認識されていなかった世界を無視することが出来ない時代になってきたのだということを、ドクメンタ12は、ひとまず「美術」を解体するという実験によって表していたように思うこの頃である。


photo & text by 竹島麻衣

このページのTOPへ