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アートの楽しみ方 | 海外レポート|第52回 ヴェネツィア・ビエンナーレ

ヴェネツィア・サンマルコ広場

 イタリア・ミラノから電車で3時間、アドリア海に浮ぶラグーナ(干潟)の上に築かれた都市ヴェネツィアは「水の都」「アドリア海の真珠」として名高く、運河の張り巡らされた景観や2月に行われる仮面のカーニバルなどで世界的に知られている。街全体が世界遺産に登録され、車や鉄道が入り込めないこと(当然車道がない)や近代的な建物がないこともあり、その景色はまるで中世から時間が止まってしまったかのようである。

ヴェネチア・ビエンナーレの看板
ジャルディーニの様子
日本館・岡部昌生展
フェリックス・ゴンザレス=トレスのキャンディー
アルセナーレ外観
フランチェスコ・ベッツォーリ"デモクラシー"
ジャルディーニ近くの路地で。これも作品?
今年のアート・イベントは「グランドツアー」としてキャンペーンを展開

 ここでは2年に一度、現代アートの祭典「la Biennale di Venezia(ラ・ビエンナーレ・ディ・ヴェネツィア 以下、ヴェネツィア・ビエンナーレ)」が開かれる。同様の国際展は、文化戦略や経済効果を期待され、90年代からさまざまな地域や都市で増加しているが、今年で52回目を数えるヴェネツィア・ビエンナーレはその中でもダントツの歴史を誇る。第1回目は実に1895年。 19世紀後半といえば、ロンドンやパリ、ウィーンなどで万博が開催され、近代オリンピックも始まった。各国の産業や技術、そして文化までもが世界規模で流通し始め、それらの影響力を競う時代だったといってもいいだろう。そのような時代に始まったからか、参加方式は国別、さらに金獅子賞を初めとした受賞制度が存在する。

 会場は、本島の南端に位置する「Giardini(ジャルディーニ)」と「Arsenale(アルセナーレ)」がメインとなっている。鉄道のサンタルチア駅から水上バス(ヴァポレット)の1番線で本島を逆S字型に流れる大運河(カナル・グランデ)を 30分ほど下り、サンマルコ広場を越え、終点の二つ前がジャルディーニ。カステッロ公園という緑豊かな公園の中に各国のパビリオンが立ち並んでいる。いわばアート界の万博、あるいはオリンピックのようなものだ。公園の入り口を入り、正面にイタリア館を見ながら、右手にのびる目抜き通りに入ってゆくと、スイス館からロシア館、そして日本館、ドイツ館、英国館などを見て回ることができる。オープニングにはアーティストやキュレーター、評論家などありとあらゆる美術関係者が来ていて、それぞれ先を急ぎながらも、休憩しつつ、「どこの国が良かった」などと情報を交換している。まさに現代アートが動いているという感覚だ。

 各国パビリオンで展示をするアーティストは、国が指名したコミッショナーにより選ばれる。今回、日本の代表としてヴェネツィア・ビエンナーレに参加したのは65歳の岡部昌夫。多摩美術大学教授の港千尋をコミッショナーに迎え「私たちの過去に、未来はあるのか。」をテーマに、今は無き広島の旧国鉄宇品駅の被爆した縁石をフロッタージュで擦り取る作品を展示した。その他のパビリオンには現代アートのスーパースターが目白押しである。フランス館は1970年代から写真や映像、またインスタレーションなどの作品を制作してきたソフィー・カル、イギリス館は1990年代のYBA(Young British Art)を牽引したアーティストの一人、トレイシー・エミンなど、いずれも国際的に知られた作家ばかりだ。

 アメリカ館は故フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品。長方形に敷き詰められたキャンディーを観客が持ち去ることで作品が消えてしまうことを前提とした “untitled(Public Opinion)”などを展示した。インストラクション・アート(アーティストの指示によって、鑑賞者の身体やその行為などが作品の一部になる)の代表的な作家で、1996年にAIDSで亡くなったトレスだが、没後10年以上経た今年もヴェネツィア・ビエンナーレに(アルセナーレにも)選ばれたことで、彼の作品とコンセプトが今なお生きていることを証明した。

 水上バス一番線のジャルディーニの一つ手前がアルセナーレ。旧造船所の跡地を利用した巨大な屋内展示施設だ。アルセナーレの大部分とジャルディーニのイタリア館は国単位による参加ではなく、ディレクターが各回独自のテーマを設定し、キュレーションを行うことが特長となっている。今回総合ディレクターに選ばれたのはMoMAの絵画彫刻部門のシニア・キュレーターなどを務めたアメリカのロバート・ストーだ。「think with the senses - feel with the mind ~ art in the present tense(五感で思考し、知性で感じる)」をテーマに、ジャルディーニのイタリア館には束芋や加藤泉、ゲルハルト・リヒター、シェリ・サンバ、ジグマール・ポルケなど、アルセナーレには藤本由紀夫、米田知子、森弘治、イリヤ&エミリア・カバコフら総勢100名以上のアーティストが選ばれている。ストーは美的vs論理的、感覚的vs頭脳的といった二項対立的な境界を越えて様々なアートを見せると言明しているが、想定される焦点の範囲が広く、そのテーマがどこまで展示に反映できたのかは判断の難しいところだ。さらに今回はヴェネツィア・ビエンナーレ史上初のアフリカの現代アート特集を実現。ただストーも自ら認める通り「なぜ今アフリカなのか?」という根本的な疑問は残る。ヴェネツィア・ビエンナーレの反応としては少し遅すぎたような気がする。

 一方で、今回最も印象に残ったのはアルセナーレの奥に作られた新イタリア館でのフランチェスコ・ベッツォーリのビデオ作品だ。俳優のシャロン・ストーンとベルナール・アンリをそれぞれ架空の候補者に見立て、2008年アメリカ大統領選挙用CMフィルムを作成。その映画のような完成度の高さがメディアによる情報操作の恐さを見事に暴きだしていた。国際的に注目が集まる場を効果的に利用したいい展示だったと思う。

 ジャルディーニに入りきらない国のパビリオンや関連イベントは、市内に散在している。サンマルコ広場近辺には、ビル・ヴィオラや李禹煥、ヤン・ファーブルや森村泰昌らの個展が開かれていた。その他にもフランス人の大コレクター、フランソワ・ピノーのコレクションを見せるパラッツォ・グラッシペギー・グッゲンハイム美術館など、見所は尽きない。街中の路地にも洗濯物風にグロバーリゼーションを批判するメッセージTシャツが掲げられていたり、まさに街全体がアート一色といった様子だ。

 今年のヨーロッパは10年に一度のアートイヤーで、国際展だけでもヴェネツィア・ビエンナーレに続いてドクメンタ12(ドイツ・カッセル)、ミュンスター彫刻プロジェクト(ドイツ・ミュンスター)が幕を開ける。歴史ではヴェネツィア・ビエンナーレが一番だが、国別展示や賞制度が現代において意味を失ってきていることや、全体的なディレクションが出来ないことによるヴェネツィア・ビエンナーレの今後を考える上で見過ごせない問題である。自由度の少ないなかで、総合ディレクターをはじめ、参加国関係者やアーティストにはより一層の戦略が必要とされるだろう。次回は2009年。2年後の展示に期待を抱きつつ、美しいヴェネツィアの街を後にした。

photo & text by 宮越俊介

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