![]() |
| Miami Beach, Florida ©Art Basel Miami Beach |
毎年12月初旬に開催される国際アートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ(ABMB)」は、スイスの「アート・バーゼル」のアメリカ版として2002年から始まった。まだ若い。が、集客率もアート界のトピックとしてもいまやダントツの地位を誇る。私は2003年の第2回から毎年訪れているが、昨年あたりからフェア会場も関連イベントも超過密状態となった。「もはやこれまで」と思っていたのだが、旧知の関ひろ子さんがやって来ると聞いて、急遽ニューヨークから合流することにした。
ひろ子さんは、「アートフェア東京」の広報担当だ。「マイアミはすごいよ。こんなとこ、見ておいた方がいいよ」と先輩風を吹かしたい気持ちもあったが、私自身、考えてみたかったのだ。マイアミのフェアは何か違う、たぶんいま、ロンドンよりベルリンより、コンサバなニューヨークより、はたまた各地のビエンナーレより、一番ワクワク面白いのはここだ。でもなぜ? なんでマイアミが? なんでこんなに活気づいたの? こうした質問に答えていけば、マイアミ・バーゼルの特徴や、都市とアートの関係や、アートシーンの行く末(ここ10年のことですが)がおのずと見えてくる。
だがその前に、フェア本体の位置と構成をお伝えしよう。フェア会場があるマイアミ・ビーチは、内海のビスケイン湾をはさんでマイアミ本土と平行に走る細長い半島で、本土とは二つの橋で結ばれている。ABMBがお膳立てする個人コレクションのツアーや地元美術館のオープニングへは、みなこの橋を渡って行く。一方、会場のコンベンション・センターの周囲には、磯崎新の増築で知られるバース美術館(Bass Museum of Art)のほか、図書館や劇場、お洒落なショッピングモール「リンカーンロード」が控え、街の中心地だ。ビーチ沿いには高級リゾートホテルが立ち並び、プールサイドでのアーティストのパフォーマンスや出版記念のパーティなど、関連イベントは深夜まで続く。フェアのキックオフを告げるビーチでのロック・コンサートも見逃せない。「フィッシャー・スプーナー」「シザー・シスターズ」ら毎回大物が顔を揃え、今年は、ベルリン在住の女性パンク「ピーチズ」がブッシュ打倒を歌って気炎をあげた。
こんなお祭り気分の中、肝心のフェアの熱気はといえば、今年は、応募総数650件もの画廊の中から厳選の約220軒がブースを構えた。ペイスウィルデンスタイン(PaceWildenstein)やガゴジアン(Gagosian)、ホワイトキューブ(White Cube)やサディ・コールズ(Sadie Coles)ら大手常連に混じって、これまで「フェアには出ない!」の姿勢を貫き通したメアリー・ブーン(Mary Boone)が初登場で話題をさらった。しかも売り物は、初日がバーバラ・クルーガー、2日目はディヴィッド・サーレといったふうに日替わりの個展形式。 50トントラックでの作品輸送はしかし、帰りはほとんど空だったとか。
日本からは常連の小山登美夫ギャラリーとタカ・イシイ・ギャラリー、そして初出展のシューゴアーツの3軒が顔を揃えた。シューゴアーツの池田光弘の絵画は、装飾性やちょっとシュールなイメージが、近年、チェルシーの画廊で注目の若手画家たちと互角の勝負。絵画技術も素晴らしい。と眺めていたら、ニューヨークの「アジア・ソサエティ」のキュレーター、手塚美和子さんとぶつかった。アジア・ソサエティもABMBの「アートサロン」にブースを出しているのだとか。
アートフェアでは個人に限らず美術館や財団も作品を購入する。ABMBにはそれだけの作品が集まってくる。買わずとも、キュレーターが次のテーマ展にこの作家をとアイデアを得ることもあるだろう。何しろ世界30ケ国の精鋭画廊が集うのだ。知らない作家、新しい作家の発見は多い。ニュースばかりか、アート批評の対象にもなる。5回目の今年、世界中から集まったメディアの数は1400人、アメリカの美術館を中心に館長やキュレーターに引率された理事たちの視察見学は100組以上、観客の数は4日間で4万人以上にのぼった。
ABMBにご相伴するサテライト・フェアの数も急激に増えた。中堅画廊が主体の「SCOPE」や「PULSE」、若手画廊で構成されるメンバー制の「New Art Dealers Alliance (NADA)」のほか、初登場組には、写真の「PhotoMiami」やデジタル・アートと映像の「DiVa」などなど、なんと総数13件。マイアミ本土の大倉庫やビーチ沿いの高級ホテルを会場に、ABMBとはまた違った「場の雰囲気」が多くの観客を集めた。日本からは、ミヅマアートギャラリーが「PULSE」に、タロウ ナスが「Photo Miami」に、また村上隆のカイカイキキが「NADA」に出展。ABMBの3軒を含め、いずれも展示や作家のレベルは高い。いまローカルが注目される時代だ。国際的にまだ知られていない作家を持ってくる、そんな日本の画廊の出展がもっと増えてもいいのではと思う。
さて、日本の作家といえば、ABMB の本会場でリーマン・モーピン(Lehmann Maupin)が出品したMr.(ミスター)の彫刻2点が、なんとプレヴュー開始から1時間で買い手がついた。しかも1点10万ドル以上。「価格より1時間以内に注目して!」とは画廊ディレクターの言葉だが、「このマネキンが!?」と思わず唸ってしまう。ミスターは、カイカイキキ所属の作家で、来春いよいよリーマン・モーピンでの初個展が待っている。また、何かと反抗するギャビン・ブラウン(Gavin Brown)のブースの場合は、賃貸料5万ドルのそのスペースに何も掛けず何も置かず、売り物は天井からぶら下がる煙草(キャメル)の空き箱1個だけ。でもこれ、スイスの作家ウルス・フィッシャーのれっきとしたアートなのだ。お値段はなんと16万ドル。こちらも、会期中にエディション2つが売れた由。
本会場を離れたビーチ沿いのコンテナの中で商売する22軒の画廊「アート・ポジションズ」の場合も、売れ行きは上々のようだ。若手画廊が中心で、コンテナ上部の丸穴から落ち続ける砂の糸が築く砂山(アーロン・ヤング/ハリス・リバーマン Harris Lieberman)や、氷が溶けて水が滴るモビール風薄氷のシャンデリア(ケリー・ニッパー/サロン94 Salon 94)など、美しくもはかない作品がほとんどだが、そのはかなさ故に大金が舞い飛ぶのである。
アメリカはいまアート景気である。「80年代後半のアートブームの再来」(メアリー・ブーン談)との声もあるほどで、ヘッジファンドで儲けた、まだ若い億万長者が現代アートを買い漁る。オークションは「過去最高」の記録を塗り替え、美大を出たばかりのアーティストの個展が完売する。アメリカばかりか、ロシアの新興財閥も中国のネット起業家も現代アートの収集に余念がない。ABMBの成功はだから、このアート景気に負っているのは確かだ。が、それだけだろうか。
アメリカでアートフェアの権威といえば、「アート・シカゴ」だった。シカゴは5月中旬の開催なので、ニューヨークで現代アートのオークション(サザビーズ、クリスティーズとも5月の第二週)が終わるや、会場を埋めたその同じ顔ぶれがシカゴ行きの飛行機に殺到する。いまそれと同じ大移動が、一路マイアミへ!の熱気とともに繰り返される。ABMB は、実にこのシカゴを蹴落とすために、いや、すでにだれの目にも明らかだったシカゴ凋落の間隙を縫ってスイスが仕掛けたアメリカ進出だった。
アメリカ進出の理由は簡単だ。基本的にヨーロッパのコレクター向けというアート・バーゼルに対し、アメリカのコレクターをもっと開拓したい、最終的にバーゼル本展に呼びたいということがある。また、世界に数あるアートフェアの中でも出展画廊の質の高さで有名なアート・バーゼルは、どうしても常連の画廊が多くなる。新しい画廊や若手画廊を増やしたくとも、世界有数の画廊の数はニューヨークやロンドンを中心にほぼ一定だ。新しいフェアを起こしてローカルに比重を置けば、この問題は解消される。ローカルとはこの場合、米国だが、近年の南米、カリブ海諸国のアートシーンの勢いやコレクターの存在を考慮すれば、地域的に近いマイアミはかなり有望な開催地となると、2000年に弱冠34歳でアート・バーゼルのディレクターに就任し、マイアミ進出の立役者ともなったサム・ケラーの頭の中は、だいたいこのようなものだった。ケラーはまた、こんなことも言っている。「僕は仕事柄、世界中を旅してその土地のコレクターと会うわけですが、マイアミに来て驚いたのは、ここには現代アートのすごいコレクターが多数住んでいるということでした」。










